弁護士紹介

所長弁護士鳥生 忠佑 とりう ちゅうすけ

鳥生弁護士写真

「この道」を進めます
地域に根ざし、市民の権利を守る法律事務所の確立

 当法律事務所は、1960年に現在の場所に鳥生法律事務所を開設、1968年に東京北法律事務所に改組しました。
 この間、生活者としての市民の権利を守るだけでなく、地域において市民と市民が手を繋ぐ砦としての、役割を担いたいと思い、活動を続けてきました。
 事務所のこれまでの活動の一部は、ノンフィクション作家今崎暁巳さんの著書『北の砦~ルポルタージュ鳥生忠佑と北法律~』(2009年日本評論社)にも纏められています。
 社会が民主的に発展していくためには、それぞれ市民とその組織が手を繋いで、励まし合い、それがさらに広がることが必要です。
 北法律は今後もこの道を大事にして、役割を果します。

私の信条
 「足らざるを補う」、これが私の信条です。
 「足らざる」とは、この社会の一員として、また弁護士として、まだ未完成であるので、その不足しているものを見出していくことを心掛けていることです。生活と仕事の中で、それが何であるかを考え、生活を充実させ、仕事を完成していくことが大切です。
 そして、「補う」とは、人間は、みんな切り離された独りではなく、発展する社会のなかで、時代と時代を結ぶいわば中継ぎであるけれど、「中継ぎ」として社会の連帯のなかで努力をすることが、社会を発展させる原動力となる、と考えるからです。
 皆さんも、「足らざるを補う」精神で、生活と仕事をしてみませんか。きっと、これまで見えなかったものが見えてくることがあると思います。
 皆様の御多幸と御健勝を祈ります。

経歴

1932年8月11日生

1955年10月司法試験合格

1956年3月学習院大学 政治経済学部卒業

1959年4月弁護士登録

1964、69、75年東京弁護士会 常議員(3回)

1971、73年日弁連 常務理事(2回)

1972年関東弁護士連合会 常務理事

1973年東京弁護士会 副会長

1976年日弁連交通事故対策委員会 副委員長

1989年日弁連司法問題対策委員会 委員長

1990年日弁連ヨーロッパ司法調査団 団長

2006年7月日本民主法律家協会 代表理事

2019年6月日弁連会長から表彰されました。表彰状(別ウインドウ)

主な著書

「会社整理学入門」(ダイヤモンド社)

「決断!『会社解散再建』物語」(ダイヤモンド社)

民事弁護と裁判実務7巻「倒産」共著(ぎょうせい)

「破産・和議」共著(青林書院)

「不動産金融商品の神話と現実」監修(恵友社)

その他、司法、医療、公害・環境、企業経営など、論文多数

主な活動

1960年10月安保6・15大学教授団襲撃国家賠償訴訟(勝訴)弁護団事務局長

1968年8月富山イタイイタイ病訴訟(勝訴)常任弁護団

1969年7月北区ドブ川幼児転落死事件の国家賠償訴訟(勝訴)弁護団長

1970年5月東京都北清掃工場設置取消訴訟で、住民と東京都の間における全国初の公害防止協定の締結

1979年4月劇団青俳(代表・俳優亡木村功氏・出演は映画「7人の侍」など)の整理代理人

1984年10月東北・上越新幹線差止訴訟で、北区内通過(時速110km以下など)に関し、全国初の公害防止協定の締結

1987年3月オリンピック営利病院開設不許可の実現

1994年5月住宅公団建替えによる明渡訴訟で、和解協定を実現 弁護団長

1997年7月不動産金融商品詐欺商法の訴訟(勝訴)で、新カレッジタウン管理組合の結成 弁護団長

2001年9月自治医大教授の医療過誤事件(アスペルギルス)で勝訴 弁護団長など

論文など

「営利医療禁止とその法理」(1989年2月・月刊保団連)

「営利医療の禁止と国民の医療を受ける権利」(同4月・法と民主主義)

日経ベンチャー「トップのための経営実務」99年9月から12月に連載

裁判官弾劾裁判所50周年記念座談会(ジュリスト・1997年11月15日号登載)、など

テレビ、ラジオの出演

NHK(衛生第1)テレビ・「医療の抜本改革」
「医療費は誰が負担すべきか」(1997年9月13日)
「医療の供給はどうすべきか」(同 9月20日)

テレビ朝日・プレステージ「これでいいのか、日本の裁判」

文化放送「土地建物なんでも相談室」(5年間)、など

北法律が過去において解決してきた大きな問題 新幹線公害防止の活動とその成果

鳥生忠佑弁護士の写真

新幹線は、今日も北区内を静かに走っている
弁護士 鳥生 忠佑

 それは、旧国鉄がかつて東北・上越新幹線が北区内を高架で通過させる計画であるのに対し、北区内沿線9.7km10ヶ所の区民が1973年「北区新幹線対策連合協議会」(北新連)を結成し、東海道及び山陽新幹線のように、「出来てからでは遅い」として、建設工事の差止め裁判に立ち上がったことに始まったのです。

 裁判は、差止めの訴訟が6年続き、その後上野開業を公表した開業を急ぐ国鉄が焦り、国鉄と住民側が相互に厳しい仮処分の打ち合いとなりました。これが、東京地裁民事第9部藤田裁判長の斡旋で和解交渉となり、その和解調書の中で、住民側は数値をもって、日本で初めてとなる新幹線公害の規制をかちとったのです〔1985年(昭和60年)10月30日〕。それは、①北区内通過の時速を110km以下、②騒音を70ホーン以下、③振動を70デシベル以下の制約の合意です(新幹線は、今日でも、荒川の鉄橋を過ぎると速度を大きく上げ、反対にそれにかかると速度を大きく下げています。おためし下さい)。

 住民側と国鉄との詰めの交渉は、私どもの東京北法律事務所と国鉄本社とが、2日間にわたり、民事第9部の部長判事室と結んで深夜に至るまで行って、まとめたものです。これらを「明文」で、しかも「数値」をもって合意した内容は、国鉄が今後永久に守るべき義務のあるものであり、仮に将来、札幌発鹿児島行きの「超特急」ホテルがレール上において実現しても、北区内9.7kmに限っては、これまでと同じく時速110km以下で、静かに走行しなければならないことが義務づけられているものです。

 東京北法律事務所は、数万の沿線住民から依頼を受け、所長弁護士を先頭に、全弁護士が終始裁判と運動に関与し、多くの住民とともに闘いました。

 北区内では、この闘い以来、鉄道の騒音と振動は新幹線よりも在来線の方がうるさいとの評判が定着しています(その詳細は、「北の砦」111頁以下に。ご注文の方は下記をご参照のうえ北法律にお申し入れ下さい)。

書籍「北の砦 ―ルポルタージュ 鳥生忠佑と北法律 ―」

書籍:北の砦の写真

「北の砦 ―ルポルタージュ 鳥生忠佑と北法律 ―」
作家 今崎 暁巳 著 日本評論社出版

 東京北法律事務所は創立40周年を迎え、そして創立者鳥生忠佑弁護士は弁護士生活50年を迎えました。これらを記念したお祝いの会と「北の砦」の出版を祝う会がともに去る6月19日北とぴあで各界の方々の御参加のもとで盛大に開催されました。
 この本は、東京北法律事務所創立40周年と弁護士鳥生忠佑の弁護士生活50年を記念して、ノンフィクション作家今崎暁己さんが執筆され、日本評論社から出版されたものです。
 この本の特徴は、所長の鳥生忠佑弁護士が、若き弁護士時代から、1.「地域に根ざし、市民の権利を守る法律事務所」を建設し、市民の生活と権利を守り、市民の権利意識の向上に努めてきたこと、2.弁護士として、政策形成型弁護士活動の先駆者として、裁判と和解及び交渉による協定において「足らない法律と制度を新たに生み出し」、市民の権利の保護と生活上の安全を図ってきたこと、そして3.市民に共通する課題において、市民による「集団的裁判活動」をもって目的を果たしてきたことが記載されています。
 以上の3点は、弁護士の在り方としても参考となり、弁護士を目指す者にとって必読の書となっています。
 ぜひ、購入され、お読み下さい。

 価格は一冊1,890円(消費税90円込み)、それに郵送料290円の合計で2,180円です。

【お申込み】
住所・氏名・電話番号・本の希望冊数をご記入のうえ、東京北法律事務所にFAX(03-3907-2183)してください。